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高松地方裁判所 平成7年(行ウ)4号 判決 1998年11月24日

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

(平成七年(行ウ)第四号事件)

被告脇千巻は金九五〇万円、被告沖永律子及び同高橋眞知子は各金四七五万円をそれぞ高松市に対して支払え。

(同年(行ウ)第八号事件)

被告増田昌三(以下「被告増田」という。)は、高松市に対し、金九六三万円を支払え。

(平成八年(行ウ)第二号事件)

被告増田は、高松市に対し、金九六三万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、高松市の住民である原告が、高松市長であった脇信男(以下「亡脇」という。)及び被告増田が高松市刊行の菊池寛全集(以下「本件全集」という。)の一部の巻の発行について行った各支出命令は違法であるとして、不法行為(後記(二)(1)の被告増田は右発行を継承したことによる共同不法行為)に基づき、(一)亡脇の訴訟承継人らに対し、本件全集第一七巻及び第二〇巻に関する亡脇の支出命令に基づく支出金合計一九〇〇万円(平成七年(行ウ)第四号事件)、(二)被告増田に対し、本件全集第二三巻及び第二四巻に関する(1)亡脇の支出命令に基づく支出金九六三万円(平成七年(行ウ)第八号事件)及び(2)同被告の支出命令に基づく支出金九六三万円(平成八年(行ウ)第二号事件)にそれぞれ相当する損害賠償金を高松市に対して支払うよう求めた住民訴訟である。

一  前提事実(証拠番号の記載のないものは当事者間に争いがない。)

1  当事者

原告は、高松市の住民である。

亡脇は、昭和四六年五月から平成七年五月一日まで高松市長の職にあった者である。亡脇は、本件訴訟係属中の平成九年一二月一二日に死亡し、同人の妻被告脇千巻並びに子である被告沖永律子及び同高橋眞知子が亡脇の権利義務一切を相続した。

被告増田は、平成七年五月から高松市長の職にある者である。

2  高松市による本件全集の刊行

高松市は、平成五年度ないし七年度にかけて、菊池寛全集(以下「本件全集」という。)全二四巻(刊行元・高松市菊池寛記念館(以下「菊池寛記念館」という。)、販売元・株式会社文藝春秋)を発行した。なお、菊池寛記念館は高松市の行政機構の一つである。

3  本件全集刊行に関する亡脇及び被告増田の各支出命令による支出

(一) 本件全集第一七巻及び第二〇巻に関する亡脇の支出命令による支出(平成七年(行ウ)第四号事件)

高松市は、高松市長であった亡脇の支払命令に基づき、本件全集の平成六年度事業分制作委託費合計一億一九四六万円(合計一二巻分。発刊事務委託費五四六万円を含む。)の分割金として、平成六年五月二五日、七月一五日、一〇月一四日及び平成七年一月二〇日に各二九八六万五〇〇〇円を本件全集の編集制作担当機関である菊池寛全集編集委員会(以下「編集委員会」という。)に対して支出した。本件全集第一七巻は平成七年二月一五日に、第二〇巻は同年三月一五日に発行されたが、一巻当たりの制作委託費(発刊事務委託費を除く。)は各九五〇万円であり、亡脇の右支出命令に基づく支出の一分がこれにあてられた。

(二) 本件全集第二三巻及び第二四巻に関する被告増田の支出命令による支出(平成七年(行ウ)第八号、同八年(行ウ)第二号事件)

高松市は、本件全集の平成七年度事業分製作委託費合計七一一八万五〇〇〇円(合計七巻分。発刊事務委託費を含む。)の分割金として、①高松市長であった亡脇の支出命令に基づき平成七年四月に三五五九万二〇〇〇円を、②亡脇の後任として高松市長に就任した被告増田の支出命令に基づき同年七月に三五五九万三〇〇〇円を、それぞれ編集委員会に対して支出した。本件全集第二四巻は同年八月三〇日に、第二三巻は同年一二月二〇日に発行されたが、一巻当たりの制作委託費(発刊事務委託費を除く。)は各九六三万円であり、亡脇及び被告増田の右各支出命令に基づく支出の一部がこれにあてられた。なお、右各支出命令は右合計七巻分の制作委託費全体の支出に関してなされたものであり、特定の巻との対応関係はない(以下、右(一)(二)の亡脇及び被告増田の右各支出命令をまとめて「本件各支出命令」という。)。

4  監査請求

(一) 本件全集第一七巻及び第二〇巻に関する支出について(平成七年(行ウ)第四号事件)

原告は、平成七年三月一日、高松市監査委員に対し本件全集第一七巻及び第二〇巻の刊行に関する前記3(一)の支出につき監査請求をし、同監査委員は、同年四月二四日付けでこれを棄却し、原告に通知した。

(二) 本件全集第二四巻に関する支出について(平成七年(行ウ)第八号事件)

原告は、平成七年九月二八日、高松市監査委員に対し、本件全集第二四巻の刊行に関し前記3(二)①の支出につき監査請求をしたが、同監査委員は、同年一一月二四日付けでこれを棄却し、同月二五日、原告に通知した。

(三) 本件全集第二三巻に関する支出について(平成八年(行ウ)第二号事件)

原告は、平成八年一月八日付けで高松市監査委員に対し、本件全集第二三巻の刊行に関する前記3(二)②の支出につき監査請求をしたが、同監査委員は、同年三月四日付けでこれを棄却し、原告に通知した。

二  争点

1  本件全集の刊行目的

(原告の主張)

本件全集は、高松市が、郷土の作家菊池寛を顕彰する趣旨で刊行したものである。

被告らは、本件全集の刊行目的は、菊池寛の顕彰のみならず、菊池寛についての研究資料を提供することにもあると主張するが、高松市長の議会における本件全集発行事業費等の予算案の提案理由や本件全集の広告においては、高松市が生んだ偉大な文化人である菊池寛の業績を讃え、後世に残すことなどを目的とする旨説明されており、研究資料の提供を目的とする旨の説明はなされていない。

また、一般に「全集」とは、一人の作家又は著述家がその生涯に書き残したすべての著述を収録したものをいい、手紙、日記、ノート、その他の些細な記録までも集めるものであり、それゆえに全集は当該作家等の文芸を根本から研究するにあたり極めて高い価値を有するといえるのである。しかしながら、本件全集には、菊池寛の有名な作品である「空の軍神加藤少将傅」や、菊池寛の書簡はほとんど収録されていない。したがって、本件全集の刊行目的は菊池寛の顕彰のみにあることが明らかである。

(被告らの主張)

本件全集の主たる刊行目的は、高松市出身の菊池寛の功績と名誉を讃え、偉大な文化人として顕彰することにあるが、これに限らず、全国的に菊池寛に対する関心を高め、文芸等の研究者の資料として提供し、我が国の文芸の発展に資することをも目的としており、このことは、一般に「全集」自体がそのような性格を有するものであるほか、本件全集刊行の経緯や市議会での質疑説明の状況に照らせば明らかである。

また、原告は、本件全集に菊池寛の著作の一部や書簡が収録されなかったことから本件全集は研究資料足り得ない旨主張するが、全集は経費等の現実問題を考慮して徐々に成長させていくのが出版界の慣行であり、本件全集は議会で承認された予算との関係で容易に巻数を増加させることができないので一部収録されていない作品があるものの、過去に平凡社や文芸春秋新社等により上梓された菊池寛全集に比べると質量ともに飛躍的に成長しており、研究資料としての価値を有するものである。

2  本件各支出命令は憲法に反し違法か。

(原告の主張)

本件全集第一七巻、第二〇巻、第二三巻及び第二四巻(以下、右四巻をまとめて「第一七巻等」という。)に収録されている作品の内容は、皇国史観、軍国主義、全体主義及びこれらに基づく行為を煽動するものである。

日本国憲法は平和主義、戦争放棄、国民主権をうたっており、これらの憲法上の原則に反する内容の作品を登載した全集を刊行し、その作者を偉大な文化人として顕彰することも禁止しているものと解される。ところで、菊池寛は、軍国主義や皇国史観に基づく文筆、出版、講演等の活動を通じて若者を戦場に駆り立て、天皇のために死ぬことを要求し続けた人物である。このような菊池寛の生前の活動を全面的に肯定し顕彰する目的で、巨額の公費を投じて、憲法上の原則に反する皇国史観や軍国主義を強制、煽動する内容の作品を登載した本件全集を発刊することは許されない。

高松市長の職にある被告らが、憲法を尊重し擁護する義務を負うにもかかわらず、右のような憲法上の原則に反する内容の作品を含む本件全集を刊行するために公費の支出を命ずること(本件各支出命令)は、公務員としての右義務に違反する違法な行為である。

(被告の主張)

菊池寛の一部の著作には、明治憲法下における当時の社会的・文化的背景を反映した皇国史観や軍国主義に基づくような内容のものがあることは否定しないが、これにより直ちに菊池寛をファシストであると決めつけたり、その優れた作品や業績をすべて否定すべきものではなく、むしろ、全体的な視野から菊池寛の人物、作品を研究する上では、今日の憲法の価値観からは容認されないような著作も研究の対象とすることが必要であり、そのためには、現在において可能な限りの作品、資料を収録しておくことが必要である。また、真の民主主義、平和主義の確立のためには、これに反するような内容の著作が生まれた背景事情等を研究することが必要であり、憲法は、そのような過去の著作を研究することを禁止しておらず、むしろ学問の自由として認めている。

したがって、高松市が刊行した本件全集第一七巻等に憲法の価値観にそぐわない内容の作品等が収録されたからといって、右刊行が憲法に違反するものではなく、これにかかる本件各支出命令は違法ではない。

3  本件各支出命令は地方自治法及び地方財政法に反し違法か。

(原告の主張)

(一) 地方公共団体が一人の郷土作家の全集を刊行することは、「地方公共団体の事務」(地方自治法二三二条一項、二条)に当たらず、高松市が本件全集刊行のために負担する巨額の費用は、事務処理のための「必要な経費」(同法二三二条一項)に当たらない。したがって、本件全集の刊行のためになされた本件各支出命令は違法である。

(二) 仮に、菊池寛を顕彰することを目的とする本件全集の刊行が適法であるとしても、前記のように侵略戦争を美化し、天皇のために死ぬことを煽るような内容の作品を登載した本件全集第一七巻等を刊行することは右顕彰目的を逸脱し許されないものであるから、その刊行費用は地方公共団体の経費として「目的を達成するための必要且つ最少の限度」(地方財政法四条一項)を超える違法な支出である。また、高松市が、このような戦犯的人物を顕彰する目的で巨額の経費を費やすことは、戦争で被害を被った住民の福祉を顧みないものであり、これにより他の住民福祉の経費を圧迫することにもなるから、地方自治法二条一三項に反する。したがって、少なくとも本件全集第一七巻等の刊行にかかる本件各支出命令は違法である。

(被告らの主張)

(一) 本件全集の刊行は、地方自治法二条三項五号の「その他教育、学術、文化に関する事務」に当たり、普通地方公共団体の事務に含まれるものであるから、本件全集の刊行のためになされた本件各支出命令は同法二三二条一項に反しない。

(二) 地方財政法四条一項は、地方自治法二条一三項に掲げる「最少経費による最大効果」の原則を予算執行面から簡潔に表現したものであり、地方公共団体の放漫な財政運用を警戒する訓示規定と考えられるが、右にいう必要最小限度についての判定基準は、個々の経費につき社会、政策、経済等の総合的見地から具体的に判定されるべきである。

本件全集が、菊池寛の顕彰のみならず、研究者に対する資料を提供して文芸の発展を図ることをも目的としていることからすれば、菊池寛の著作をできる限り集めて収録することは妥当であり、皇国史観や軍国主義に基づく作品が本件全集第一七巻等に収録されたからといって、その刊行にかかる本件各支出命令が地方自治法二条一三項及び地方財政法四条一項に違反するものではない。

第三  争点に対する判断

一  本件全集の刊行の経緯等について

前記前提事実、証拠(甲四、七の2・4、九の1・4、五七の3、乙一、二、四、六ないし九、一一、一四、二三の2、二八、三一、三四)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  菊池寛について

菊池寛は、明治二一年に高松市に生まれた小説家、劇作家であり、戯曲「父帰る」「藤十郎の恋」、小説「恩讐の彼方に」等を発表した。文藝春秋社を創設して雑誌「文藝春秋」を創刊したほか、芥川賞、直木賞及び菊池寛賞を設定し、大映株式会社社長に就任するなどして「文壇の大御所」等と称されたが、第二次大戦後に公職追放を受け、翌昭和二三年に没した。

2  本件全集刊行以前の高松市の菊池寛関連事業等

高松市は、昭和二八年に菊池寛の生家跡に顕彰碑を、昭和三一年に高松市中央公園に菊池寛の銅像を、昭和五九年に同公園に菊池寛の「父帰る」の一節を刻んだ石碑をそれぞれ建立し、また、昭和五四年に「菊池寛資料集成」(編集・菊池寛顕彰会、発行・高松市役所)を、昭和六三年には菊池寛生誕一〇〇年記念出版として「菊池寛伝」(編集発行・高松市立図書館)を刊行した。また、従来の高松市立図書館(現・高松市立図書館松島分館)には、菊池寛の著作物や関連資料が「菊池寛文庫」として収集、保管されていた。

3  本件全集刊行に至る経緯等

(一) 高松市は、平成二年に市制一〇〇周年を迎えるにあたり、その記念行事及び記念施設の建設を計画していたところ、高松市議会(以下、単に「議会」という。)において議員から、昭和六一年三月に新しい市立図書館の建設が提案され、同年九月には右図書館の整備・充実が求められ、さらに、昭和六二年三月には、高松市らしい図書館とするため、従来の市立図書館に置かれていた「菊池寛文庫」を充実し、新設図書館に「菊池寛記念室」として組み入れる旨の要望がなされた。そこで、高松市は、全国に例をみない個性的な図書館を具体化するため、同市出身の菊池寛の功績と名誉を讃えて後世に残すとともに、全国的に菊池寛に対する関心を高めるため、従来の市立図書館に存在した「菊池寛文庫」を充実し、「菊池寛記念室(仮称)」を図書館に組み入れることを計画し、平成二、三年開催の議会において、市制一〇〇周年記念事業としての図書館等の建設工事及び館内に設置する菊池寛記念室(仮称)の展示に関する予算及び契約締結等につき承認を得た。

なお、高松市は、平成二年、市制一〇〇周年記念事業の一環として、新人作家の発掘と文学の振興に寄与し、菊池寛を全国にPRする目的で「菊池寛ドラマ賞」を創設した。

(二) 平成四年三月開催の議会において、高松市菊池寛記念館条例(平成四年三月二七日条例第二二号)が定められるとともに、図書館及び菊池寛記念館等の開館記念行事の実施を含む平成四年度当初予算が承認された。菊池寛記念館は、菊池寛の業績を顕彰し、市民の教養の向上と市民文化の発展に寄与することを目的として設置され(同条例一条)、菊池寛に関する資料の収集、保管、展示及び調査研究並びに菊池寛に関する図書の出版等を行うこと等の事業を行うこととされた(同条例二条)。そして、同年六月開催の議会において議員から、菊池寛記念館の開館記念事業として菊池寛全集の出版の要望がなされた。民間団体である香川菊池寛顕彰会からも従前から同様の要望がなされており、高松市は菊池寛記念館を担当部署として右全集の発行につき検討したところ、当時、菊池寛全集としては、①昭和四年平凡社発行(全一二巻。昭和八年に続一〇巻発行)、②昭和一二年中央公論社発行(全一五巻)、③昭和三五年文藝春秋社発行(全一〇巻)の三種類が発行されていたが、いずれも菊池寛の主要な作品のみを収録したにすぎないものであった。そこで、高松市は、菊池寛全集(本件全集)を刊行することは市制一〇〇周年記念事業の一環としても、菊池寛記念館を開館記念事業としても有意義なものであるとの結論に達し、これを受けて、平成四年九月開催の議会において、菊池寛全集発行準備費を含む平成四年度補正予算案が承認された。

(三)(1) 高松市は、本件全集を平成五年一一月以降、毎月一回配本(各一〇〇〇部)の予定で刊行することとし、同年三月開催の議会において、平成五年度刊行分(五巻分)の発刊事業費を含む同年度予算が承認され、高松市は、同年四月一日、編集委員会に対して編集制作等の業務を委託し、本件全集の同年度刊行分が次のとおり発刊された。

発行年月日  配本回数 巻数

(内容)

平成五年一一月三日 第一回 第一巻

(戯曲集)

一二月一〇日 第二回 第二巻

(短篇集一)

平成六年一月一五日 第三回 第三巻

(短篇集二)

二月一五日 第四回 第四巻

(短篇集三)

三月一五日 第五回 第五巻

(長篇集一)

(2) 同様に、本件全集の平成六年度刊行分(一二巻分)につき、同年三月開催の議会において発刊事業費の予算が承認され、同年四月一日、編集委員会に対する業務委託がなされ、次のとおり発刊された。

発行年月日  配本回数 巻数

(内容)

平成六年四月一五日 第六回 第六巻

(長篇集二)

五月一五日 第七回 第七巻

(長篇集三)

六月一五日 第八回 第八巻

(長篇集四)

七月一五日 第九回 第九巻

(長篇集五)

八月一五日 第一〇回 第一〇巻

(長篇集六)

九月一五日 第一一回 第一一巻

(長篇集七)

一〇月一五日 第一二回 第一二巻

(長篇集八)

一一月一五日 第一三回 第一三巻

(長篇集九)

一二月一五日 第一四回 第一四巻

(長篇集一〇)

平成七年一月一五日 第一五回 第一五巻(長篇集一一)

二月一五日 第一六回 第一七巻

(史伝二)

三月一五日 第一七回 第二〇巻

(史伝五)

なお、平成六年度刊行分についての発刊事業費(一億一九四六万円)は、編集委員会に対し業務委託契約に基づき四回均等分割前払いとされ、高松市長であった亡脇の支出命令により、平成六年五月二五日、七月一五日、一〇月一四日及び平成七年一月二〇日に各二九八六万五〇〇〇円ずつ支払われた。

(3) 同様に、本件全集の平成七年度刊行分(七巻)につき、同年三月開催の議会において発刊事業費の予算承認がなされ、同年四月一日(当時の高松市長・亡脇)、編集委員会に対する業務委託がなされ、次のとおり発刊された。

発行年月日  配本回数 巻数

(内容)

平成七年四月一五日 第一八回 第一八巻(史伝三)

五月一五日 第一九回 第一六巻

(史伝一)

六月一五日 第二〇回 第一九巻

(史伝四)

七月三一日 第二一回 第二一巻

(女性論集、史伝六)

八月三〇日 第二二回 第二四巻

(感想集)

九月三〇日 第二三回 第二二巻

(評論集)

一〇月三〇日 第二四回 第二三巻

(随想集)

なお、平成七年度刊行分についての発刊事業費(七一一八万五〇〇〇円)は、編集委員会に対し業務委託契約に基づき二回分割前払いとされ、高松市長であった亡脇の支出命令により、平成七年四月に三五五九万二〇〇〇円が、亡脇の後任として高松市長に就任した被告増田の支出命令により、同年七月に三五五九万三〇〇〇円がそれぞれ支払われた。

二  争点1(本件全集の刊行目的)について

前記一3で認定したとおり、本件全集は、高松市が市制一〇〇周年記念事業として市立図書館を新設し、その独自性を出すために右館内に設置した菊池寛記念館の開館記念事業として刊行したものであること、本件全集以前に発行されていた菊池寛全集はいずれも菊池寛の主要な作品のみを収録したものであったこと、菊池寛記念館は郷土の生んだ偉大な文豪菊池寛の業績を顕彰し、市民の教養の向上と市民文化の発展に寄与することを目的とし、菊池寛に関する資料の収集、保管、展示及び調査研究並びに菊池寛に関する図書の出版等の事業を行う施設であること、本件全集は全二四巻からなり、その内容は戯曲、短編、長編、史伝、感想、評論、随想等多岐にわたり、網羅的であることの各事実が認められ、右各事実と証拠(甲四、乙六、一一、一四、三四)を総合すれば、高松市は、同市出身の偉大な文豪菊池寛の業績を後世に残しその名誉を末永く顕彰するとともに、菊池寛を見直して全国的により多くの関心を集め、また菊池寛研究に活用できる基礎資料としても提供し、もって我が国文芸の発展に資することを目的として、菊池寛の著作を可能な限り収録した本件全集を刊行したことが認められる。

なお、原告は、本件全集には菊池寛の作品の一部や書簡が収録されていないことを根拠に、本件全集は研究資料とする目的で刊行されたものではないと主張しているところ、菊池寛の著作物の中に本件全集に収録されていない作品があることは当事者間に争いがない。しかし、本件全集の発刊事務費等については予算上の制約があること、全著作を収録していないからといって研究資料としての価値がないとはいえず、過去に上梓された菊池寛全集より多くの作品を収録していること、本件全集の刊行に先立つ議会での質疑においても、亡脇が市長として菊池寛の著作を可能な限り収録した全集を刊行することは研究家の基礎資料として活用いただくためにも意義がある旨の答弁をしていること(乙一四)に照らせば、原告主張の事実は、前記認定を左右するものではない。

三  争点2(本件各支出命令は憲法に反し違法か。)について

前記一1及び二のとおり、菊池寛は日本文学史上に名を残した文筆家、出版事業家であるが、他方、戦後、公職追放を受けたこと、菊池寛の著作には皇国史観や軍国主義に基づく内容のものがあること等からすれば、菊池寛の人物像及び作品論に対しては時代背景も含めた様々な評価が可能である。しかし、文学作品はその時代その時代の人情、風俗、風潮等を写すことを基盤として成り立つものであり、いかに優秀な作家といえどもこの枠内から逃れて作品をなすものではないから、菊池寛の特定の作品に現行憲法上容認しがたい皇国史観的、軍国主義的内容が存在するからといって、菊池寛の文学的業績を全面的に否定することはできない。現行憲法は、国民主権、平和主義等を採用するとともに、思想・良心の自由、信教の自由、表現の自由、学問の自由等を保障し、多用な価値観の存在を認めており、憲法の価値観とは相容れないからといって、皇国史観や軍国主義に基づく内容の作品を公刊することが憲法上禁止されているとは解されない。

地方公共団体の長は公務員として憲法尊重擁護義務を負うが、高松市が憲法にそぐわない皇国史観的、軍国主義的内容の作品を刊行したとしても、右作品を収録した各巻には「全集」であることが明記されており(甲三四ないし三七)、現行憲法施行後半世紀を経て国民主権、平和主義の価値観が定着している現在(各人によつその評価が異なるとしても)、右作品の刊行をもって直ちに同市が皇国史観的、軍国主義的内容に賛成、容認の意思を示そうとしていると認めることはできない。むしろ、前記二のとおり、本件全集は、郷土の生んだ偉大な文豪菊池寛を顕彰することのみならず、菊池寛に対する関心を深め、文学的研究資料として可能な限り多くの作品を収録することとして刊行されたものであるから、本件全集中に菊池寛の作品のうち「父帰る」や「恩讐の彼方に」等の著名作品のみならず、皇国史観、軍国主義的な内容の作品をも含めた多種多様な作品が収録されていることが全集としての本来の姿であり、また、それによって全集としての価値が高まるといえる。原告の問題とする作品についても、なぜ半世紀前にそのような作品が日本で書かれなければならなかったのかを考えることができ、歴史のひずみを解明する機会が与えられるともいうことができる。

したがって、文学的研究資料として現行憲法の価値観と相容れない内容の作品を収録することには合理的理由があり、本件全集刊行のためになされた本件各支出命令が憲法に反するとはいえない。

四  争点3(本件各支出命令は地方自治法及び地方財政法に反し違法か。)について

1  高松市による本件全集の刊行は、地方自治法二条三項五号の「その他教育、学術、文化に関する事務」に当たることが明らかである。

2  普通地方公共団体は、その事務処理のために必要な経費を支弁するが(地方自治法二三二条一項)、事務処理に当たっては住民の福祉の増進に努めるとともに最少経費で最大効果を挙げるようにしなければならず(同法二条一三項)、地方公共団体の経費はその目的達成のための必要最小限度を超えて支出してはならない(地方財政法四条一項)と定められているところ、普通地方公共団体は地方自治法二条三項一号ないし二二号に例示されるような広範な事務を行うものであり、その事務を処理するための個々の公金支出の適否については、当該地方公共団体が当該事務の目的、内容等に照らして適正かつ円滑な事務処理を行う見地から当該地方公共団体の裁量に委ねられており、当該公金支出が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の濫用に当たると認められる場合に限って違法となるものと解するのが相当である。

前記一及び二で認定したとおり、本件全集は、市制一〇〇周年記念事業として建設された市立図書館内に設置された菊池寛記念館の開館記念事業として刊行されたものであり、その目的は、郷土の生んだ偉大な文豪菊池寛を顕彰するとともに、菊池寛に対する関心を高め、文学的研究資料として提供することにあるところ、亡脇又は被告増田がこのような経緯、目的に基づき、本件全集のうち第一七巻及び第二〇巻を含む平成六年度刊行分(一二巻分)の発刊事業費一億一九四六万円並びに第二三巻及び第二四巻を含む平成七年度刊行分(七巻分)の発刊事業費七一一八万五〇〇〇円を支出したことについては、右支出が高松市の教育文化行政の見地から社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の濫用に当たると解することはできない。

3  原告は、本件全集中に皇国史観や軍国主義的思想に基づく著作が含まれていることを根拠に、そのような著作を含む巻に関する支出は違法であると主張するが、本件全集の刊行目的が前記二で認定したとおりであって、できるだけ多くの著作を収録することにつき前記三のとおり合理性があると認められることからすれば、原告の右主張に理由のないことは明らかである。

4  したがって、本件全集第一七巻等の刊行にかかる本件各支出命令は違法とはいえない。

五  結論

以上のとおり、本件各支出命令はいずれも適法であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

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